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【アラベスク】  第10章 カラクリ迷路



第2節 土曜日のギャンブル [10]




 確かに、部屋で一人篭り、存在もしない男性を夢見ながら妄想するという緩の趣味は、万人に受け入れられる行動ではないのかもしれない。瑠駆真だって、そんな光景を目の当たりにすれば、きっと多少は引くだろう。
 だが、それでも、そんな彼女の行動を無碍に嘲笑う事など、瑠駆真にはできなかった。
 聡、誰もがお前のように社交的で明るい生活を送れるとは限らない。金本緩が異常? 君は、本当にそう思うのか?
 君にはわからないよ。君にも、小童谷陽翔にも、きっと理解はできない。
 瑠駆真は、もう遠くへ去ってしまったであろう少年の背中へ向かって心内で吐いた。
 君のように、いつも傍に誰かが居るのは当たり前と思っているような、友達など傍に居て当たり前だと思っているような人間には、わからないんだ。
「君にはわからないよ」
 小さく呟き、瑠駆真は両手を握り締めた。





 ふと視界が陰り、美鶴は顔をあげた。目の合った相手は、しばらく唖然としたまま美鶴を見下ろす。そうして、たっぷりと息を吸ってから声を出す。
「美鶴ちゃん?」
 呼ばれて美鶴は立ち上がる。クラリと軽い貧血に襲われたが、今は構っている時ではないと無視した。
綾子(あやこ)ママ?」
 日傘を差した和服の女性は、記憶の中よりずっと小さく感じた。小柄な女性だとは知っていたが、それでも、昔はもっと大きな女性だと感じていた。こんなにも小さな女性だったのかと少し驚く。
 最後に会ったのは、確か中学一年だっただろうか? テニス部に入部して練習で忙しくなって、いつの間にか店に来ることもなくなっていた。
「あらあら、ずいぶんと久しぶりな顔に出会ったから、びっくりしちゃった」
 言いながら笑う目尻に小さな皺が浮かぶ。それでも、年齢のわりには綺麗だと思う。
 年齢のわりに―――
 実際にはいくつかなんて、知らないんだけど。
「こんなところで、何やってるの?」
「あの… 綾子ママに会いたくて」
 美鶴の言葉に、綾子は再び目を丸くする。
「私に?」
 そのまま、しばし二人は向かい合う。
 困惑する相手に、ちゃんと説明しなければと思う美鶴だが、いったい何から話せばよいのやら。いろいろな言葉や情景が頭の中を錯綜し、第一声を決めかねてしまう。
 そんな美鶴の態度に、綾子の方から口を開いた。
「まぁ とにかく中に入りましょうよ」
「あ、はい」
 結局美鶴はそれだけを答え、スコスコと綾子の後について店の中へと入っていった。
 扉を開けたその向こうの静寂さが意外だった。
 誰もいない店の中なのだから別におかしくはないのかもしれない。だが、美鶴の先入観なのだろうが、飲み屋やスナックやパブといった類の場所は、常に賑やかで騒がしいものだと思っていた。
 無人の空間に気後れしながら、来なければよかったかと一瞬後悔すらしてしまった。
「でもよかったわ」
 綾子がカウンターでそう笑う。
「いつもならもっと遅い時間に来るの。今日はたまたま」
 それはそうなのだろうと、美鶴もなんとなくわかっていた。壁に掛かる時計は、十二時三十五分。あと三・四時間は待ちぼうけを覚悟するつもりでいた。
 綾子の連絡先も知らず、だが他に行くあてもなく、美鶴は結局店の前でひたすら待つしかなかった。会える保証すらないのに無駄に待ち続ける自分をバカじゃないかと思いもした。
 朝から何も食べていなかったが、電車代だけで予算はギリギリ。食事にまで回せる金額など、持ち合わせてはいない。
 綾子と目が合い立ち上がった時の貧血は、空腹によるものだろうか?
「昨日、お休みを頂いちゃってね。金曜日だったけどどうしても用事があって。だから今日は早めに来ようと思ってたの。ホントに偶然」
 言いながら美鶴にはその辺りに腰をおろすよう手で合図をし、綾子はカウンターでゴソゴソと動き回りながら、やがて両手にアップルジュースを持って歩いてきた。
「もう十月なのに、まだまだ暑いわね」
 美鶴の左隣に腰をおろしながらテーブルにトンとグラスを二つ。
「お昼食べた?」
 綾子に言葉に、用意しておいたジュースのお礼を思わず喉の奥へ戻してしまった。
「いえ、まだです」
「あら、ホント? 私もなの。だったら、どこかへ食べに行く?」
 美鶴は、その提案への返事を躊躇った。
 確かに腹は空いている。だが、綾子には話したい事、聞きたい事がたくさんある。父の事を聞きたいと、言葉が喉のすぐそこまで出かかっている。
 だが、どこかへ食事に出掛けるとなると、公衆の面前ではなかなか聞けない。







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